2004年5月 韓国旅行 | |||
下関・門司 | |||
釜山を経て大邱へ | |||
海印寺(このページ) | |||
公州・扶余 | |||
慶州 | |||
釜山 |
海印寺
雨具を持っていなかったのでまず傘を買いいよいよ海印寺へ。門前町から山道をちょっとしたハイキング感覚なくらい歩く。天気が良ければいい気分になるところ、早くもずぶぬれでブルーになり、歩くのが嫌になってくる。ここは本尊がお経の版木そのものな扱いなので、目指す経典の版木を収めた蔵経閣は本堂の裏の一番高い所にある。ずぶぬれになりひーひーいいながらやっとの思いでたどり着く。
本命の大蔵経の版木は格子がある開放的な建物(こんなにあっけぴろげで果たして長期間保存可能のかと思ってしまうほど)の棚に収められている。S氏が係員に傘をさしていることをとがめられたが、なるほど傘に当たったしずくがはねて横に飛べば版木に当たってしまうくらいなのだ。肝心の版木は建物の入り口からしかよく見えないが、ともかくを拝み、もと来た道を戻った。他にも見るところはあったのかもしれないが、ずぶぬれになりもうどうでも良くなってしまった。麓の博物館を見て(版木が間近で見られるがほかの展示物はそれほどでもない)帰りのバスに乗り込む。 帰りのバスは16:10発。来たとき1時間ちょいかかったから、大邱で夕食を取れば予約していた東大邱駅を19:50の列車にちょうどいいあんばいともくろんだ。しかし海印寺がある山の麓の高霊(コリョン)の街は無事過ぎたものの、そこから来たときには見覚えのない街を通ったり、どうも様子が変だ。それに1時間半以上走ってもまだ田んぼが広がる農村地帯・・・雨で窓が曇り、外の様子がよく分からないこともあって一体今どこを走っているのか地図を見てもよく分からなくなってきた。乗るとき掲示してあった時刻表に直行(チッケン)バスと書いてあったので、多少途中に停まる所が多い、遅いバスなのかなと一抹の不安はあったのだが、こうまで経由地も所要時間も全然違うバスだとは思わなかった。やがて18時が過ぎ18時半になった。地図に載っている町を通ったので見てみるとこの分では大邱到着はまだまだ先になりそうな気配でこの分では予約した列車に乗る事は出来そうもない。あきらめムードになったとき、高速道路に入った。渋滞していてなかなかとばせなかった上すぐ降りてしまったのだが、まだまだ先と思っていたのに19時ちょうど位にいきなりバスターミナルに横付け。あれれそもそもどこを走っていたんだろうと不思議に思ったが、まだ列車に間に合いそうなので、慌てて地下鉄に乗り東大邱駅へ向かう。 予想外に時間がかかって肝を冷やした海印寺からの帰りのバス。 一番右側に「チッケン」の表示がある。 KTX開業に合わせてガラス張りの明るい駅舎となった東大邱駅。 KTXで大田へ 結果的に多少の余裕を持って当初の予定通りの列車に乗ることが出来た。今度は一般席が取れなかったので、同じKTXでも先ほどとは違う特室。22000ウォンと割高だから当たり前といってはそれまでだが、座席が横1−2配置で前後の間隔も広く、向きも変えられる他飲み物のサービスもあって気持ちが良い。東大邱駅から大田までは大部分専用軌道を走るのでKTXの本領発揮である。しかしトンネルが多い上民家もないような所を走るので、今一スピード感が実感できない。トンネル走行時ゴーッという音が高速走行している事を知らせてくれるだけだ。45分ほどで大田着。今宵の宿は温泉好きのS氏の希望もあり郊外の儒城(ユソン)温泉に泊まることにする。 バスで移動したのだが町が連続していて今一着いたのか分からないうちに、乗るときにどのバスに乗るか教えてくれた人にここで降りると教えられ下車。旅館やホテルが並んではいるが、普通の町とあまり変わりない見かけでいわゆる温泉街という感じはしない。適当に目星をつけた旅館の3万ウォンに落ち着く。朝湯が基本で夜が早い韓国の温泉・銭湯、21:00には既に大浴場は閉まっているのでそのまま遅い夕食を取って寝た。こうして韓国一日目が終わった。 |
旅行topへ戻る | 次(公州・扶余)へ進む→ |